リハビリテーションにおける足こぎ車いす療法
足こぎ車いすは理学療法や作業療法の中で、訓練の一環として取り入れることができます。したがって、20 分間行えば1 単位として計算することができます。足こぎ車いす療法は医師の処方により行いますが、バイタルその他訓練上の問題がなければ、他のリハビリテーションプログラムと同様極めて早期から行うことができます。
足こぎ車いす訓練の阻害要因については障害別にも述べますが、一般的にいえば、高次脳機能の重度の障害や重度の認知症、下肢関節の強直、強度の拘縮、疼痛などがあげられます。
また、足こぎ車いすの走行には、搭乗者による両下肢でのペダル駆動と一側上肢によるハンドル操作が必要です。これまでの患者さんでの経験では、ペダル駆動のための足こぎ運動に問題のある方の頻度は少ないのですが、ハンドル操作に困難を感じる方が比較的多いことがわかりました。そのため、ハンドル操作に習熟するまでの間の療法士による介助が必要となります。
中枢性疾患による歩行障害者への足こぎ車いす療法
脳を主体とする疾患、例えば脳卒中、頭部外傷、パーキンソン病、脳の変性疾患の場合、固定してでも体幹の安定性が得られさえすれば、足こぎ車いすの駆動が大部分で可能なことが判明しています。また、脊髄損傷のような脊髄疾患では、頚髄、胸髄の不全麻痺で、平地走行が可能な程度の駆動力が得られるのであれば適用可能です。
理学療法への取り込み
足こぎ車いす療法通常のリハ訓練の中に組み込みますが、訓練のどの時点で足こぎ車いすによる訓練を行うかが重要です。
先にも述べたように、足こぎ車いす駆動の効果として、CPG 等のステッピング運動に関与する脊髄神経回路網の賦活化によって、空間的、時間的に効率的な筋収縮パターンが得られると考えられます。したがって、足こぎ車いす訓練を歩行訓練の前に行って、より効率的なステッピングパターンが得られた状態で歩行訓練に入るのがよいと思われます
また、軽度の関節可動域制限(ROM)は、痛みを伴うものでなければ、足こぎ車いす訓練によって改善することが我々の研究で判明しています。したがって、当初ROM 制限のためペダルの全回転が不可能でも、関節可動域訓練と組み合わせながら訓練を持続することにより全回転が可能になる場合が多く見られます。症例の観察を十分行いながら、適用してみるとよいでしょう。なお痛みを伴うのであれば、痛みを伴わない範囲での訓練とし、痛みがどうしても生じる場合は足こぎ車いすを適用しないでください。
足こぎ車いすの訓練時間ですが、患者さんの状態により異なります。易疲労性のある方の場合は疲労がでない範囲でおこなうことが肝要で、それによって日々の訓練を無理なく持続することができます。また、治療のプログラムの中で、それぞれの訓練時間をバランスよく配分することも大事ですので、リハ医の指示が特になければ、療法士がどの程度の足こぎ車いす訓練を行うか患者さんの状態を見ながら決めてよいと思います。
また、足こぎ車いす駆動に習熟して、完全に自立して走行できる患者さんの場合は、自主トレのプログラムに組み入れても良いでしょう。
訓練プログラムとして、以下のような順序で訓練を進めるのも一つの方法です。
作業療法への取り込み
足こぎ車いす療法は、運動療法の一環として組み込むことのほかに、ADL 訓練、高次脳機能訓練の一環として行うことができます。これは普段歩行が不自由な患者が、足こぎ車いすでその場旋回、前後移動が可能であるとともに、長距離移動も実用的な速度(健常者の速足程度までの速度が出せる)でできることによるものです。すなわちADL では、机上、台所、洗面所などでの作業に際し、足で自分の作業位置を設定でき上肢は作業に専念できるという利点が生まれます。また、各作業の場の間を自由に行き来できるので、効率よくしかも患者自身の判断によって各作業を行うことができます。
自分自身で移動するということは、空間的および時間的な認知能力とその情報処理およびそれに基づく判断、そして足こぎ車いす駆動の実行というプロセスが求められます。すなわち、高次脳機能をフルに活用する必要性が生まれるため、軽度から中等度の高次脳機能障害に対する訓練機器として足こぎ車いすを応用することができます。実際、我々が左片麻痺による左半側空間無視の患者に応用しところ、左無視が徐々に改善していくのを複数例で認めております。
次に、3 年間リハビリの時だけ訓練室に来て訓練し、病棟では寝たきりのくも膜下出血の45 歳の女性に足こぎ車いすを応用した例について紹介いたします。この患者さんは、発語、発話が全くなく、開眼しアイコンタクトはできるものの無表情で、また指示入力もほとんどできませんでした。また、右股関節に軽度の拘縮があり屈曲制限があったため、開始当初はペダルを3/4 回転しかできませんでした。
しかし、繰り返しの駆動訓練を行った結果3ヶ月後にはペダルを全回転できるようになり、ハンドル操作には軽介助が必要なものの自走できるようになりました。これに伴って、作業訓練の中で、新聞や雑誌めくりを意味もなく時には逆さにしたまま行っていましたが、徐々に特定のページを開いて眺めていることが多くなりました。それを見て担当のOT が、化粧品の広告のページを開くようにと指示したところ、そのページを開いたのです。その頃から、時折(日によって変動があります)発声、発語が聞かれ、笑顔で握手する動作も出てくるようになりました。足こぎ車いす訓練開始前のほぼ3 年間はできなかったことですから、足こぎ車いす訓練による変化であり、おそらく脳活動の賦活化が起こったと解釈できると考えられます。
さらに、足こぎ車いすを使ったレクレーションも作業療法の一環として行うことも、大いなる効果が期待できます。
我々の関連する病院では、月に1〜2回足こぎ車いすを使ったスラローム競技大会を行っています。これは一定間隔で床に置いたポールを縫うようにして往復(約50m)してそのタイムを競うもので、団体競技(多くの場合2 チーム)と個人競技に分けて行います。団体優勝にはトロフィー、個人競技では1〜3位まで金銀銅メダル(百円ショップで購入したもの)と賞状が与えられます。
参加者は多くの場合Brunnstrom stage Ⅱ、Ⅲの重度の歩行障害を有する脳卒中患者であり、常識的にはこのようなスポーツに参加することは考えられないような人たちですが、競技中は応援の掛け声、拍手そして笑い声に満ち、競技者自身も笑顔で車いすを漕いでおり、またその走行速度も通常練習中よりもかなり早くなる(特にゴール直前で)ことが判明しています。
このようなレクレーションを行うことで競争心が生まれ、リハ訓練へのモチベーションが上がると同時に、患者同士、患者と療法士・看護師・医師との交流が深まり、互いに心を開いて語り合えるようになることが、脳の活性化を含め、足こぎ車いすレクレーションの最大の効果といえます。訓練室の広さによってレクレーションの内容が変わりますが、工夫次第で楽しいリハビリテーションが可能となりますので、是非試みるとよいと思います。
出典:足こぎ車いすとリハビリテーション2012
※東北大学医学系研究科半田康延グループの研究に基づき掲載しています。効果には個人差があります。